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第一段 橘直幹たちばななおもと、兼官を望み申文を書く

村上天皇の天暦年間(九四七~九五七)のころ、長門守ながとのかみ長盛の子に、文章博士もんじょうはかせ橘直幹たちばななおもとという漢学者があった。詩文に長じ、官途の昇進は目覚ましかった。
が、内実は苦しく、たとえば、あの中国・春秋時代の顔回がんかい(字は子淵しえん)の陋巷ろうこうに同じであった。家は雨が漏って、原憲げんけん(字は子思)の蓬戸ほうことも変わらぬ、あばら屋であった。
少しでも家計の助けにもなればと、たまたま官職に空きのある民部大輔みんぶのたいふの兼官を望んで、みずから申文もうしぶみを書いた。

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第二段 直幹の申文に、村上天皇機嫌を損ずる

直幹は、申文の草案ができあがると、小野道風に清書を頼んだ。さっそくながら、職事しきじ(蔵人)に差し出して、帝の叡覧えいらんを嘆願した。これを聞いた村上天皇は、気にかかったので、みずからこれを開いてみた。
ところが、申文の初め近くに、「拝除之恩惟一。栄枯之分不同。依人此而異事」という文言をみると、とたんに顔を曇らせた。なに、「人により事異なり」とな。直幹め、生意気をいいおるわ。といい、手にした申文を床にたたきつけた。にわかに変わる、帝の御気色みけしきに、並みいる延臣たちは、一様に恐れおののいた。

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第三段 愁訴の情を書き連ねる直幹の申文

直幹の申文の内容
「直幹、謹んで先例をかんがえてみますると、去る天暦二年、大学頭・大内記から、いまの職に任命された日に、私が身につけていた官は、両官ともに停止されました。わが国に文章博士を初めて置かれて以来、その例を知りません。また、同四年に至って、三統元夏みむねのもとなつは式部少輔から儒職に叙せられた日、少輔を辞めずに兼官をたまわりました。天恩による拝命は一つでありますが、人によって、差別があるようです。天に代わって官を授かる。これは、まことに、その人の運命にかかることであります。が、私は一職のみを守って、この七年間を過ごしてまいりました。」

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第四段 内裏炎上に際し、帝、直幹の申文の安否を問う。また、内侍所の神鏡、紫宸殿の桜にかかる

その後、天徳四年(九六〇)九月二十三日の子刻(午前零時)に内裏で出火があった。帝は、難を逃れて中院の御所に渡御された。清涼殿の調度類も運びだすことができた。歴代伝世の重宝はむろんんのこと、御椅子ごいし時簡ときのふだ玄象げんじょう(玄上)・鈴鹿すずか(ともに琵琶の名器)以下、すべてを移した。帝は、満足の体であった。

が、ふと思い出したように、直幹の申文は取り出したであろうな、と問うた。その申文ではケチがついて、だれもそ れに触れることは禁句にしていたのに。ところが、いま、帝のほうからそれをお尋ねになる。なんと、ありがたいことではないか。

そのときのことである。火事が左衛門の陣(建春門)から起こった。内侍所ないしどころ神鏡しんきょう)の安置してある温明殿うんめいでんも近く、しかも、折悪しく夜半過ぎのことであれば、だれ一人としていない。しぜん、賢所かしこどころ(内侍所と同じ。神鏡)も出すことはできなかった。そこで、小野宮左大臣藤原実頼さねより(六十一歳)が、急ぎ行ってみた。が、すでにあたりは焼け落ちていた。実頼が、ふと紫宸殿の左近桜を見上げたところ、不思議にも、こずえのあたりに神鏡がかかっているではないか。

感涙にむせびながら、実頼は右のひざをつき、左の袖を広げて申した。「昔、天照大神は百王を守護しもうた。その御誓言に疑いなくば、どうか神鏡を実頼の袖に移してください、」と。
そのことばをいいも終わらぬうちに、鏡はその袖の中に飛んで入った。実頼は、さっそく太政官の朝所へ安置することができた。

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第一段 橘直幹たちばななおもと、兼官を望み申文を書く

第二段 直幹の申文に、村上天皇機嫌を損ずる

第三段 愁訴の情を書き連ねる直幹の申文

第四段 内裏炎上に際し、帝、直幹の申文の安否を問う。また、内侍所の神鏡、紫宸殿の桜にかかる

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