
①赦免の使者、天道に訴える源信、そして女房たち
大臣(源信)は少しも犯した事などないのに、このような無実の罪をこうむるのを嘆かれ、正装の束帯を着けて庭に荒薦を敷き、そこに出て天道に訴えておられた。
その頃、家人が皆嘆き騒いでいるとき、お許しになるという由を、馬に乗ったまま邸に入ってきたので、「これは処罰されるのだぞ」と言って、家中で泣き騒いでいると、お許しになるという由をおっしゃりながら来られたので、今度は喜んで泣くこと並大抵ではなかった。
(左大臣は)お許されにはなったが、「朝廷にお仕え申していると、無実の罪が出てきたりするものなのだ」と言って、宮仕えもなさらなかった。

門に駆け込む源信家の家人

源信邸内を行く使者の一行
寝殿の前庭で天訴する源信
女房たちと奥方の嘆きと安堵
②子どもの喧嘩と秘密の暴露
秋になって、右兵衛の舎人という者が東の七条にすんでいたが、役所(右衛門府)に出て、夜更けに家に帰ろうとして、応天門の前を通ったところ、人の気配がしてひそひそささやいている。
廊のわきに隠れ立ってみると、階(柱)からすがり降りてくる者がいる。見ると、伴大納言である。次にその子が降りる。次に雑色のときよという者が降りる。
何をするためなのだろうか、さっぱり分からないが、この三人は降りてしまうと一目散に走った。南の朱雀門の方に走り去ったので、この舎人も家の方へ向かった。
そのうち二条堀川のあたりを行くと、「内裏の方が火事だ」と、騒ぐ。振り返って見ると、大内の方角と見える。走り帰ってみると、上層部の半分ほどが燃えていたのだった。あのさっきの人たちは、この火をつけようとして登ったのだな、と分かったけれども、人のこの上ない重大事なので、あえて口外はしなかった。
その後、左大臣のなさったことだと言って、「罪をこうむられるだろう」と言い騒ぐので、「(他に)やった人がいるのに、ひどいことだな」と思ったが、言いだすべきことではないので、気の毒に思ってすごすうちに、「無罪ということで許された」と聞いて、無罪はほんとうのことなのだと思ったのだった。こうして九月ごろになった。
あるとき、伴大納言の出納(財政係)で隣に住む者の子と、この舎人の子供が喧嘩をして、泣きわめいたので、出て行って止めようとしたが、この出納も同じように出てきて、止めるのかと見ていると、寄って二人を引き離し、自分の子を家に入れて、舎人の子の髪をつかんで、地べたに打ち伏せて、死ぬほど踏みつけた。
舎人が思うには、「自分の子も他人の子もどちらも子供同士の喧嘩だ。ただそのままにはしておかないで、我が子だけを、このようにひどく踏みつけるとは、まったく訳の分からぬことだ」と腹を立てて、「貴様は、どうしてとめもせずに、幼い者をこんな目にあわせるのだ」と問うた。
すると出納が言うには、「おまえは何を言うか。舎人ふぜいが。おまえぐらいの役人は、おれが打ったとしても、どうってことはないんだ。おれの主人の大納言殿がいらっしゃるからには、ひどい過ちをしたとしても、なんの問題も起こらないんだ。ばかなことをする乞食め」と言う。
舎人は大いに腹を立てて、「おまえは何を言うか。おまえの主人の大納言を頼りになる権力者と思うのか。自分の主人はおれの口のおかげで人並みにしていられるんだとは知らないか。(おれが)口を開けてしゃべったら、自分の主人は人並みになどしていられないのだぞ」と言ったので、出納は腹を立てて家に入ってしまった。